思索さん

作品№28

今回の作品は、「実存共同」です。主に田辺元さんや京都学派の著書にでてきます。西田哲学を象徴する「述語」、そういっても差し支えないでしょう。私とあなたとの繋がりはもちろん、死者と生者との繋がりさえも徹底的に探求する「西田哲学」の魅力が、この絵で表現できていることを願います。 まず、実存というのは、サルトルなどに代表される「実存主義」の実存です。あるいは、ハイデガーの現存在とも同様の意味です。要するに、今ここにいる私っていうのも、もちろん存在ではあるんですけど、自分が生まれる前、あるいは死んだ後までも含めた、 ...

作品№27:戦争で死ぬのは、誰かではなくあなたです

1分で作品解説 文字起こし 今回の作品はこちら。戦争で死ぬのは、多分あなたです。この絵であらわしていることは、戦争に対しての当事者意識です。当事者意識がない人、たとえば、戦争になっても自分が前線にでることがないような人ほど、もう解決作は戦争しかない、、と安易に結論を出してしまう、そんな気がします。でも、自分が実際に前線に出て、殺すか殺されるかの選択を迫られている、そんな状況を自分ごととして想像できる人であれば、少なくとも、戦争の前に、もっとできることがあるんじゃないか、そもそも、戦争しかない、っていえるほ ...

作品№26

この絵が収録されている画集 元ネタ 今回の作品は、「2022年5月2日<平和活動>」です。 この絵とタイトルを見て、ピンと来た方もいるかも知れませんが、この絵の元ネタは、ゴヤの「1808年5月2日、マドリード」です。あっ、間違えました、これは私の下手な模写です。 こちらですね。これを壁画っぽくリメイクしたのが、今回の作品です。 マニエリスム 壁画っぽくしつつも、実は私が一番この絵でこだわったのは、人体表現です。いわゆる「マニエリスム」を取り入れて、現実にはありえない、体の動きをさせています。* ...

作品No25

今回の作品は、「資本主義の動力源」です。言わずもがな、現代は資本主義の時代。お金がお金を生む時代です。お金があれば、何でも買える、不思議な時代。でも、普通に考えて、そんな魔法はないわけです。その裏には、それを成立させるための、血と涙の結晶があります。それが資本主義の動力源です。 私たちは、朝も昼も夜も問わず、お金さえ払えば、いつでもご飯にありつけます。少し余裕のある人でしたら、自分の家にご飯を持ってこさせることだって可能です。何を食べるかだって、選び放題。 ご飯のお供に、テレビやネットを楽しみます。おっと ...

作品No24:最悪の晩餐

一分で作品解説 文字起こし 今回の作品は、「最悪の晩餐」です。すでにお察しかと思いますが、レオナルド・ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」のパロディーです。ただ、これはふざけた作品ではなくて、一応真剣に作ってますので、ちゃんと解説しておこうと思います。この作品では何を意識しているかというと、感情を、体の動きやしぐさで表現することです。これは最後の晩餐でもそうですし、ルネサンス様式の特徴の一つともいえます。この真ん中にいる女性は、肩が上がって、ちょっと窮屈そうにしていますよね。しかも、一人で孤立している感じもあって ...

作品No23:犯罪者の肖像

この作品は、以下の記事でまとめて解説しています キュビズム作品特集

作品№22

今回の作品は、「抑止力友達」です。抑止力で繋がっている関係、「あの人はどこどこの家の人だから」「あの人は先輩・上司だから」「あの人は友達の友達だから」このような理由があって、仕方なく仲の良いふりをしてあげているような友人関係を風刺した作品です。これまた性格の悪い作品です。 それは本当に彼の意思? 銃を突き付けられながらも、笑顔でyesと答える男性。しかし、彼のyesは、本当に彼の意志といえるのでしょうか。彼の笑顔は本心でしょうか。 銃を突きつけられているから、仕方なくyesと答えた、普通に考えると、そうな ...

作品No21:世界について考えている

作品No.21

この絵が収録されている画集 今回の作品は、「世界の自業自得―試される実践理性」です。環境の制限を受けながらも、それでも自由な意思を発揮しようともがく、そのような世界観を描きました。これはいわば、私なりの実存哲学です。 他人事じゃない たとえば、何か事件が起きた時に、まるで性格の悪い人が突然社会に現れてきたかのようにいわれたりします。こんなことができるなんて人間じゃない、悪魔だ。こいつは異常者だ、というふうに、自分とは全く違う世界から突如として現れてきたかのように語られたりします。しかし実際のところ、犯罪者 ...

作品№20:信仰と理解

1分で作品解説 文字起こし 今回の作品は、信仰と理解。こっちが、信仰の象徴ヨハネで、こっちが理解の象徴ペテロ、のつもりです。つまり、この絵は何を表しているかというと、私たちの認識は、物事を理解しようという試みから始まり、信仰にたどり着く、ということです。たとえば、宇宙の起源は何なのか?と探求を始めると、どうやらビッグバンというものがあったらしい。これが理解の段階ですね。でも、ビッグバンってそもそも何なのか?ビッグバンが起こった証拠があるのか?と突き詰めていくと、結局ビッグバンは、一つの仮説に落ち着くわけで ...