作品№35

善悪は虚構か?

今回の作品は「善悪の概念」です。最近の風潮だと「善悪なんてものはない」「それは人間が勝手に作ったものだ」なんて意見もよく耳にします。その背景には"虚無主義"や"共同幻想"などといった思想があるのではないでしょうか?「人生に意味はない」「人間なんてただの物質の集まりだ」「法律・文化・芸術・宗教、そんなのただの幻想に過ぎない」このような考えの延長に善悪の否定があるのだと思います。「善悪なんて幻想だ」「人間が勝手に作ったものに過ぎない」これは理屈としては一応筋が通っているようにも思えます。

自然科学の言葉をそれっぽく真似して「宇宙はビッグバンから始まり、人間はただ偶然に生まれてきただけ、ここに意味はない」と言われてしまえば、それを否定することは出来ません。これが客観的な真理だと自然科学を盾に言われたら、そうですかというしかありません。しかしこれが客観的な真理であったとしても、それは随分安っぽい真理だと思います。

たとえば自分の親あるいは恋人、自分の大切な人、尊敬する人を今から殺して下さい、と言われたら皆様はどう思いますか?私は嫌です。ただ死別するだけでもつらいのに、何を思って殺すのですか?納得出来ませんよね。でも「人生に意味はない」という安っぽい真理だと、殺さない方がおかしいことになります。意味がないなら殺さない意味がないはずですから。殺したくないって言っちゃうと、それは殺さない何らかの意味を持っていることになる。だから殺さなきゃならない。でも現実の私は殺したくないわけです。この現実の私について安っぽい真理は何の答えも提示してくれません。そもそもこの安っぽい真理は、人間がそれを知り得ないのを良いことに理論上は否定出来ないことを並べているだけですから。「人間は偶然生まれただけだから、人生に意味はない」この理論を否定することは出来ませんが、だから何ですか?というのが正直なところです。そんなこと言ったって、現実に生きている私たちは悲しんだり苦しんだり喜んだりするわけです。自分の大切な人が誰かに殺されたらその殺した人を今度は私が殺したくなるはずです。この現実に対して「善悪なんてものはない」と言い張ったところで、その理論には何の重みもありません。ただこの世の真理を悟っている自分、という優越感にしたれるぐらいです。

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-令和四年作品