作品no84

今回の作品は、「建築に宗教が求められる理由」です。特に私の場合、建築の学校を出てから、僧侶になった身ですから、よく「思い切った決断をしたね」とか、「建築と仏教って全然関係ないのに、よくこの道に入ろうと思ったね」とか、「建築を捨てて宗教の世界に入るなんて、変わってるね」と周りの人から言われがちです。でも、私からすると、建築を捨てて仏教の道に入ったつもりは全くなくて、建築に宗教は必要ですよね、だから宗教を学ぼう、というのが本音です。

じゃあ、実際建築と宗教にはどのような関連性があるのか?例を挙げてみましょう。例えば、茶室って、みなさんも聞いたことがありますよね。日本のわびさびというと、千利休や茶室を思い浮かべる人も多いと思います。この茶室っていうのは、実はとても宗教的な建築なんです。

茶室に行ったことのある方はすでにご存じかも知れませんが、茶室は四畳半っていうのが伝統で、要するに目茶苦茶狭い部屋です。なんでこんな狭いところでお茶を飲まんとあかんの?とつい愚痴をこぼしたくなるでしょう。でも、四畳半という数字には、仏教的な意味が込められており、仏教的には、四畳半って、途方もなく広いのです。何で広いのかというと、四畳半っていうのは、一人の菩薩と八万四千の仏弟子を招じ入れることができる広さ、とされているからです。ここで、何で仏教の話が出てきたの?と思う方もいるかも知れませんので、少しだけ捕捉しておきましょう。そもそも日本にお茶文化を持ってきたのは、禅宗のお坊さんです。禅宗の修行の一つとして、お茶を飲むことがあって、それが禅宗とも繋がりのあった武士などに派生していき、次第にお茶文化となったのです。そのため、茶室自体が仏教に由来する考え方で作られており、ただの建物としてみると、四畳半の茶室は狭っ苦しい部屋以外のなにものでもないんですけど、茶道の精神を踏まえて考えると、四畳半というのは、途方もないくらい広いわけです。それに、そう聞かされた上でこの茶室に入ると、不思議と気持ち的に、本当に広く感じるんです。別に仏教を信じていない人でも、何か神秘的な気持ちになって、心が洗われたり、気持ちが落ち着いたり。このように、癒しの空間を作る上で、建築と宗教の組み合わせは最強だったりするわけです。

これは仏教に限った話ではありません。キリスト教やイスラム教の建築でも同様です。例えばステンドグラス、これがお家にあるだけで、おしゃれになるのは間違いありませんが、このステンドグラスを最初に使い始めたのは、実は教会です。キリスト教の聖書には、「神は光なり」という言葉があって、それを五感によって感じさせるものが、ステンドグラスだったわけです。それを知った上でステンドグラスの光を浴びると、やっぱり神秘的な気分にしたれる筈です。ああ、これは神を表現しているのだな、と。

また、教会というと、何となく高い建物というイメージがあるかと思いますが、この高さも宗教的な要素の一つです。今の時代はクレーンとか、現代文明の発明品がたくさんありますので、超高層ビルなんて、特に珍しいものではありませんが、その昔、人力で建物を建てていた時代に、東京タワーみたいな高さの建物があると、これ本当に人間が建てたの?ってなりますよね。そこで、これは神の力で建てられのです、って言われると、信じてしまっても不思議ではありません。もちろん、現代の人々から見たら、そんなわけない、となるでしょうが、当時の人からすると、これは大真面目な話です。実際、現代でも、ピラミッドは宇宙人が建てた、と大真面目に考える人もいるわけですから、この宇宙人が昔の人にとっては神だった、と考えると、全然不思議ではありません。別に宇宙人を否定しているわけではありませんよ。

また、ゴシック建築といわれる教会に入ると、建物はデカイのに、柱は細い、という現象が見られます。もちろん、こんな細い柱で、巨大建造物を支えるなんてことは不可能ですから、実際はこの柱は飾り物でしかないわけですが、何でこの飾りが必要だったかというと、これも宗教的な演出です。「細い柱で支えられた巨大建造物、そんなものがあるわけない、奇跡でも起きない限り、そんなことはあり得ない」そうぶつぶつ言いながら建物の中に入ると、「あっ、ほんまや」ってなる。すると、この建物はまさに奇跡の体現ということになるわけですね。ここは神の建物、神の空間、まさに神秘的な空間、そんなことを思いながら、ここで椅子に座ってコーヒーでも飲んでみると、これまた心が癒されそうです。

このように、宗教性が持つ独特な美意識、これがあることによって、一層魅力的な建築になるわけです。それに、これは何か形を持った宗教に限る話ではなくて、例えば、黄金比なんかでもこの感覚に当てはまると思います。何でか分からないけど、黄金比を計算して作られた建物は美しい、神秘的に感じる。ル・コルビジェの建築なんかが代表的です。これは宗教が科学に置き換わっただけで、やっぱり精神性というものが備わっているわけです。それに、名建築と言われるものは、例外なく精神性が備わっているといっても、過言ではないと思います。ミースの、「神は細部に宿る」というのもしかり、機能主義の「機能的なものは美しい」というのも、結局は宗教に代わるものを提示しようとしたという意味では、やっぱり宗教を意識しているところはありますし、丹下健三さんの「美しいものは機能的である」というのも、まさに精神性ですよね。フランク・ロイド・ライトの晩年の建築だって、この土地の風土に精神性を見いだしていると言えます。このように、建築を突き詰めると、必然的に精神的な世界にたどり着きますし、精神的な話をし始めると、結局宗教になるわけです。宗教について話しだすと、少し話がずれてきますので、これはまた別の機会に譲ることにしましょう。

ちなみに、私が建築に宗教が必要だと考えるきっかけを与えてくれた人物は、日本で最初に建築論を書いたとされる、森田慶一さんです。森田さんは、明治に、京都帝大で教鞭をとっていた方で、その類似性から、森田さんとその弟子たちを、建築の京都学派なんて呼んだりします。京都学派というのは、私のチャンネルではすっかりお馴染み、西田幾多郎さんを始めとする哲学一派。要するに、京都学派に思想的な影響を受けていて、なおかつ建築学科を卒業した私にとっては、森田さんは無視できない存在だったわけです。

そんな森田さんの功績は何だったかというと、建築論に宗教性を取り入れたこと。これだけでは何のこっちゃよく分からないと思いますので、従来の建築論と比較してみましょう。歴史上最初の建築家といわれるウィトルウィウスは、「強」「用」「美」の三つの要素で建築が構成されている、と定義しました。イシドルスは「配置」「構築」「美」を建築の要素とし、アルベルティは「必然性」「効用性」「快楽」、

パッラディオは「効用または便利」「耐久性」「美」を建築の要素としました。それぞれ、名称は変わっているものの、要するに、構造と機能性と美術的な観点を主題に置いているといって、差し支えないでしょう。少なくとも、誰も宗教性を主題に置いてはいません。こここに、森田建築論の大きな特徴を見出だせるでしょうし、今後の課題も見えてきます。もちろん、外にも挙げるべき点はいくつかありますが、今回はここで留めておきま

す。

最後に、この絵で用いた絵画表現を解説して終わりにしましょう。今回参考にしたのは、ゴッホです。ゴッホは最初から画家になろうと思っていたわけではなく、伝道師など様々な職業を渡り歩いていました。最終的に、絵を通して宗教的感情を伝える道を選んだわけです。そんなもんですから、ゴッホの表現技法自体が、一つの宗教的手段ともいえます。彼の強烈な色彩の対比はその典型といえましょう。精神の高揚・不安・激情、このような内面的な精神を表現する彼の技法は、まさにこの絵で取り扱っている、宗教のテーマと合致しているのです。私のこの作品を見て、直感的に何か宗教的なイメージを感じられた方がいたとすれば、それはまさにゴッホの魔力に取りつかれている証です。ただし、この絵は水彩画ですので、絵の具のチューブの直塗りはしていないですよ。

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様式解説

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-令和五年作品, 建築画