作品№77

今回の作品は、「覚知的無知」です。中世の思想家、ニコラス・クザーヌスに代表されるこの言葉ですが、もう少し聞き馴染みのある言葉に変換すると、「自分が知らないことを知る」ということ。誤解を生まないように、もう少し言葉を変換すると「自分が知り得ることの限界を知ること」です。たとえば、極論をいうと、私たちは自分の目を自分の目で見ることは出来ません。鏡を使えば、一応は見ることが出来るかも知れませんが、自分の目で直接視ることは出来ません。ここにまず、自分の能力の限界があります。ただ大事なことは、その自分の限界を知って、自分に失望したり、無気力になったり、開き直ったりすることではなく、謙虚になるということ。特に、何か新しい知識を得ると、私たちはつい偉くなった気になったりもしますが、ここからさらに突き詰めることで、かえって「でも自分にはこれが分からない」ということに気が付く、これが「覚知的無知」のおおよそのイメージです。

-令和五年作品