作品№22

今回の作品は、「抑止力友達」です。抑止力で繋がっている関係、「あの人はどこどこの家の人だから」「あの人は先輩・上司だから」「あの人は友達の友達だから」このような理由があって、仕方なく仲の良いふりをしてあげているような友人関係を風刺した作品です。これまた性格の悪い作品です。

それは本当に彼の意思?

銃を突き付けられながらも、笑顔でyesと答える男性。しかし、彼のyesは、本当に彼の意志といえるのでしょうか。彼の笑顔は本心でしょうか。

銃を突きつけられているから、仕方なくyesと答えた、普通に考えると、そうなるでしょう。でも、少々ストイックな考えをお持ちの方からすると、「彼の意志が弱いだけだろ」、とか、「もうちょっと頑張れ」「人のせいにするな」「言い訳するな」と言いたくなるかも知れません。銃を突きつけられようがなんだろうが、最終的には自分の意思で選んだのでしょ、じゃあ自己責任ではないか、と。

しかし、この場合に考えられているのは、狭い意味での因果関係です。「銃を突きつけられたからyesと答えた」、ここで終わっています。実際には、彼の能力とか努力云々以外にも、この人には生まれたばかりの赤ん坊がいるかも知れない。自分が死んだら、その赤ん坊に奥さんを相当追い込むことになるだろう。だからここは我慢しよう、というように、原因の原因の原因、、、を辿っていくと、結果がまた他の原因にもなるということが分かるはずです。ここには、何重にも重なった抑止力が働いているのです。たった一つの抑止力なら、個人の意思で何とかなりようがあるかも知れませんが、そうではありません。それでも、この人一人の意思と言いきってしまってよいのでしょうか?

たしかに、この人がゴールだったら、この人の意思と断言できますが、因果関係っていうのはここで終わり、なんて出来ないのです。

もちろん、これは風刺画ですから、極端な例です。実際に銃を突きつけられる機会なんて、日本にいる限りそうありません。でも、心理的な面ではこれに近いことが多々あるはずです。端から見ると、仲良しに見えても、実際には、上司だから、お得意様だから、、、機嫌を損なえない、というように、逆らえない抑止力が働いている。だから、仲良さげに装っている。本当は嫌だと言いたいけど、付き合いがあるから断れない。だから笑顔で、喜んで、なんていって。

逆に、自分でも気が付かないうちに、誰かに銃を突きつけていることもあるかも知れません。仲良くしているつもりだったけど、実は抑止力が働いていたのかも知れません。実はその方とは、抑止力友達だったのかも知れません。

絵の元ネタ

最後に、この絵の元ネタを紹介します。一つは、ベラスケスのラス・メニーナスです。ちょっと画面越しだと分かりにくいんですけど、実は鏡の中にもう一人の人物が移りこんでいて、このやり口はベラスケスからお借りしました。

こちらですね、あっ、これはのっぺらぼうの私の模写でした。こちらです。このように、鏡に人が映りこんでいます。そしてこの立ち位置からすると、この鏡に映りこんでいるのは、この絵を見ている私自身です。私の作品でも同様です。

そして、私の場合、何をしているかというと、私もこの人に銃を突き付けています。つまり、この絵の中の出来事っていうのは、決して他人事なんかじゃなくて、私も銃を突きつけている当事者であるということ。自分では気付いていないだけで、この因果の中に私たちも取り込まれているのです。

もう一つ、小ネタみたいな感じになりますが、ファンエイクのアルノルフィーニ夫妻像を下敷きにしています。おっと、こちらは私ののっぺらぼうの模写でした。こちらの絵にも、鏡が用いられています。

↓この絵が収録されている画集↓

思索から表現へ 著.思索さん

35枚の絵を収録した画集。それぞれの絵に、本書でしか読めない解説を付けています。

税込:3,740円

○在庫あり

アマゾンで購入する

様式解説

1

-令和四年作品